2005年08月04日

いっそうのこと、死んでしまおうか‥‥と

約18年も前に喘息で来た青年が、私の住む町、杉並の高円寺にて
飲み屋を始めました。

友人とぶらりと行ってみたら、まあまあ繁盛している。

若い人数人でやっているけど、お酒の種類も豊富だし、
清潔感もシッカリしていて女性が一人でもぶらりと立ち寄ったり
するらしい。

聞くと、ほとんどコネ、ツテなしで始めたという。
彼は本業は別にあるから二つの仕事をしていることになる。

ちょっと無謀な気がしたが、企画にしても結構いけるいい案を持っ
ていてなかなかの奮闘振りだ。。


そのうち、喘息で指導を受けに来た頃の話をしだして、私は驚いた。

あのころ、苦しくて苦しくて

いっそうのこと、死んでしまおうか‥‥と、そう思ったこともあった
のだという。


だから、今こうして元気にしていられる、その「当たり前さ」「普
通に息していられること自体」がとてもありがたく感じる。

そんなことを話してくれた。



恥ずかしながら、彼の喘息に関わった頃の私はさして深くは考えて
はいなかった。

私も子供の頃、喘息を持っていたけど、今こうして何ともない。

どうかこうか、何とかなるはずだとそう思って触ったら1、2回で
治ったから私自身が大げさには考えていなかったのだった。


アトピーと喘息を抱え、死まで考えた彼に対しては、失礼極まりな
い軽率な感覚だったかもしれない。


あの当時、
お母様も大変心配されていて、彼は家族の心配の元だったらしい。

「彼の体のタイプは本来呼吸器が弱いタイプではない。アトピーが
あったから、それが若干呼吸器に負担をかけたのでしょう。あれは
喘息のように見えて実は喘息ではありません。」

お母様にはそう申し上げたのをよく覚えている。


そんないきさつのあった彼が「今の自分に感謝の気持ちがあるのは
死のことまで考えた自分があるからだと思う」と、

なんとも立派なことだった。

お蔭で酔いも覚めて帰ってきて、家で一人で飲み直したのだった。



パニック症状と喘息は自律神経の働き方をも違うだろうし
比較をすることはできない。

前者は急襲される感じがするだろうし、後者はジワジワと蛇の生殺し
のような状態が続く。


だから、全く別物だ。


でも、もし病に対する気持ちの置き処があるとしたら、

それは同じではなかろうかと思う。



飲みやの名前は「えんじ屋」。高円寺駅北口西寄りでパン屋サンジェルマンとキャッシュディスペンサーの間の道を西へ百メートル余り、左側。(勝手に宣伝)
posted by 由 at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/5615355
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。